その夜の飲み会で、迂闊にも私は悪酔いしてしまった。
隣に座っていた元上司が、
「まあまあ、久しぶりなんだから飲め」
とか言いながら、濃いめの焼酎をブレンドしていたに違いない。
空きっ腹にそれをぐいっと数杯飲んだあたりから、
視界が回転し出した。
やばい!と思いトイレに直行し、嘔吐の繰り返し。
実は、数十年ぶりに再会する同窓会の飲み会だっただけに、
こんな醜態は誰にも見せたくなかった。
宴席に私の姿が見えないことに気づいたひとりの元同僚男性I君が、
トイレの外から声をかけてくれた。
「大丈夫か?気分が悪かったらどうして欲しいか大声で言えよ」
トイレの中で孤独な嘔吐を繰り返していた私には、
その一言が妙に嬉しかった。
「う、うん大丈夫。もうすぐ出るから待ってて」
一応返事はしたものの、立つと目が回る。
「とりあえずいったんそこから出て様子を見せろよ。水飲ませてやるからさ」
何だか家族みたいにやさしいヤツだと思った。
I君は、今夜集った中で最も“モテナイ男”と思われるルックスで、
頭髪はすっかり薄くなり、出世欲もないから、
会社をリストラされた後は、夫婦でマンション管理人になって、
毎日のんびり読書をしながら暮らしているらしい。
そんなI君だけれど、昔っからとびっきりやさしくて、
彼のやさしい言葉に触れると、その肩にもたれかかりたくなるのだ。
I君の言うとおり、いったんトイレから出て、
彼が用意してくれた水を一杯飲み干した。
「お前、一人でトイレに閉じこもっていたら、脱水症状をおこしちゃうだろ」
そう言いながら、I君は私の背中をさすってくれた。
I君のおかげでようやく嘔吐もおさまり、一次会の店を後にした。
「お前、このまま一人で帰すわけにはいかないから、二次会付き合え」
I君の指示に素直にうなずき、カラオケに言ったものの、また嘔吐・・・。
この時もI君が適切な処置をしてくれて、衣服を汚さずに済んだ。
「もう全部出したから大丈夫だ。気をつけて帰れよ」
遠方から来てくれたI君は、宴会より私の世話にあけくれてしまったはずなのに、
最後まで感動的なやさしさで私を包んでくれた。
そして一言、女を惑わせる台詞を残して、彼は電車から降りていったのだ。
「酔っぱらったお前もかっこいいよ」
え〜っ!そんなこと言われたら、好きになっちゃうじゃない・・・。
既女になってから、こんなふうにやさしくされたのは初めてかも。
I君にはとってもかわいい奥様がいるし、
全くと言っていいほど“下心”を感じさせる軽薄な行動はなかった。
こういう紳士的なふるまいも、I君の魅力になっているのだ。
私が“元同僚”以上の感情を抱くことはなかったが、
いつかまた会う機会があったら、ひれ伏してでもお礼を言いたい!
I君、本当にありがとう。
見た目がどうあれ、女はI君のような男性には心を許したくなるし、
もっと一緒にいたくなる。
モテようとか気張らなくても、素のままでも女を惹きつける男性っているんですね。
私も女性版I君になってみたいです。